(朝日新聞:3/2掲載記事より)
https://aspara.asahi.com/column/kanja/entry/qffjjEdVpi
2009年師走。
女性アイドルグループ「モーニング娘。」(モー娘〈むす〉。)の元メンバー、保田圭(やすだけい)(29)は、東京・池袋で約300人の観客を前に、「ロマンチックにヨロシク」の主役の一人として舞台に立っていた。
演じるのは、この日で店をたたむスナックのママ。付き合っていた男から暴力を受けたうえに借金を背負わされたこと、一時は店の経営に行きづまったこと――。過去を客や従業員に語る場面から物語は始まる。5分半のせりふが、保田の口からよどみなく流れ出た。
歌手を夢見て誘拐事件を起こした少女、家出した娘に死なれてしまった母親という、ママの過去と未来を交差させながら、物語は進んでいく。
従業員たちを帰し、一人残ったママがいすに腰を下ろし、つぶやくように歌い始める。伴奏はない。
♪遠い海にひとり浮かんでる 暗い月が出ている 静かな波音に揺られてる――
「モー娘。」時代は数万のファンを前に、多い時で15人の仲間と一緒に歌い、踊った。
いつのどが腫れて高熱が出るかわからない。そんな不安を抱えながらの日々だった。
◇ ◇
98年3月。女性5人でメジャーデビューしたモー娘。は、テレビのバラエティー番組で追加メンバーの募集を発表した。保田は当時、高校を退学し、ファストフード店でアルバイトをしていた。
1月に発売されたモー娘。のデビューシングル「モーニングコーヒー」は、オリコンチャートで6位に入った。
約5千通の応募の中から、市井紗耶香(いちいさやか)と矢口真里(やぐちまり)、そして保田が選ばれた。子どものころからの歌手になる夢は意外に早くかなった。
加入まもない5月。保田は、新幹線で新曲「サマーナイトタウン」の販売促進イベントに向かっていた。のどが腫れ、40度近い熱があった。
仕事を休むよう勧める医師に「どうしても行かなきゃいけないんです」と訴え、抗生物質と熱を下げる座薬を処方してもらっていた。車両のトイレで座薬を入れ、汗にぬれた服を着替えた。
露出の多い衣装での屋外イベントはまだ肌寒く、高熱の体にこたえた。スタッフやメンバーには隠し通した。「体調の管理もできない人間」。そう思われたくなかった。
数日しても症状が治まらない。のどが痛く、食事どころかつばものみ込めなかった。
テレビ番組の収録の待ち時間、ぐったりとした保田は、ようやく男性マネジャーに症状を打ち明けた。
「見せてみろ」と言われ、口を開くと、マネジャーは絶句した。のどの入り口あたりの壁が腫れ、真っ白になっていた。すぐに病院に連れて行かれ、「扁桃(へんとう)炎」と診断された。
のど入り口の両側にある口蓋(こうがい)扁桃が細菌やウイルスを撃退しきれずに、炎症を起こして高熱を出す病気だった。
医師に「なぜこんなになるまで放っておいたのか」としかられた。「もう少し腫れがひどかったら、切開しないといけなかった」
◇ ◇
モー娘。は98年、日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞し、NHK紅白歌合戦に初出場。翌年に発表した「LOVEマシーン」は176万枚を売り上げた。保田、市井、後藤真希(ごとうまき)のユニット「プッチモニ」の「ちょこっとLOVE」も130万枚を記録した。
人気の上昇とともにスケジュールは過密さを増していく。コンサートや舞台の直前など、のどを酷使する仕事が重なると、保田は決まって扁桃をはらし、高熱を出した。
01年の正月コンサートの直前、扁桃炎の症状が出た保田は都内の救急外来に駆け込んだ。炎症の度合いを示す血液中の値が異常に高かった。医師は「ステージには上げられません」と止めた。
保田は「点滴をしながらでも出たい」と食い下がった。それまで、リハーサルやけいこを休んでも、本番に穴を開けたことはなかった。だが、医師の「この数値では無理です」との言葉には従うしかなかった。そのまま入院した。
「なんで、こんなときに限って腫れるの」。ふだんからのどのケアには気を配ってきただけに、悔しくてならなかった。楽しみにしていたファンや、迷惑をかけたメンバー、スタッフへの申し訳ない気持ちがこみ上げた。
マネジャーが一本のビデオを病室に届けてくれた。出られなかったコンサートの様子が映っていた。ステージでプッチモニの「青春時代1.2.3!」が始まると、会場を埋めたファンが、保田のパートを合唱していた。
涙が止まらなかった。
(南宏美)
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<やすだ・けい>
歌手・女優。1980年、千葉県生まれ。テレビ番組内のオーディションを通じて誕生した女性アイドルグループ「モーニング娘。」に98年5月、第2期メンバーとして加入。03年5月までの在籍中の代表作に「LOVEマシーン」や「恋愛レボリューション21」、同グループから派生したユニット「プッチモニ」の「ちょこっとLOVE」がある。 おもな舞台出演作は「羅生門」(04年)、「ママ・ラブズ・マンボ4」(06年)など。4月24〜29日には、「マーダーファクトリー」(東京・北千住、シアター1010)に出演する。<耳鼻咽喉(じびいんこう)科の病気>
耳、鼻、のどは聴覚、平衡覚、嗅覚(きゅうかく)、味覚をつかさどり、食べ物ののみ込みや発声にもかかわる。厚生労働省が実施した国民生活基礎調査(07年)で、具合が悪いところを尋ねたところ、上位25位に「鼻がつまる・鼻汁が出る」「きこえにくい」「めまい」など耳、鼻、のどにまつわる症状が五つ挙がった。