それは突然訪れました。
まだ朝の5時台でした。
私事ですが、
5/15父が亡くなりました。
推定午前3時ごろ。
実家の朝は早いのです。
母が父を起こそうとして判りました。
父は入院していた時期もありましたが、
最近は普通の生活をしていました。
(ただし酒は止めていました)
どうやら前日、床に着き、
そのまま逝ったようです。
文字通りの”永眠”です。
すぐに支度して実家へ。
(新幹線経由で約4時間ほど)
日程は通夜17日、本葬(火葬)18日。
1日空いているのは17日が友引だからです。
友引の日に葬儀は、しません。
こんなときですので会社への連絡は、
メールのみ。
父の性格は単的にいうと、
「式典を仕切りたがる人」。
私は何の因果か、
喪主を仰せつかりましたが、
余りの至らなさ無作法に、
イラついたのでは?
と思っています。
まるで、
あれやこれやテキパキ指示をして、
「じゃあオラ寝る(死ぬ)すけ」
みたいな。
そんな死に顔でしたよ。
厳しい思い出もありましたが、
生来陽気な人で多趣味であり多才さを発揮した晩年でした。
その中の一つに社交ダンスがありました。
衣装も納棺してあります。
「オラァ、アンタの息子で良かったてば」
願わくば喪主などではなく、
一遺族として父を送りたかったです。
心の中では「晴れ舞台に送り出す」気持ちでした。
そして今一つ残念なのは、
こんなポンコツな息子になってしまったことです。
スミマセン。
合掌。
たくさんの盆栽と鶏と一頭の老犬を思い浮かべながら…。